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家づくりの基礎知識(欠陥住宅の回避・防衛法)


 家造りにおいて、誰もが気になるのが欠陥住宅の問題です。欠陥住宅の問題があるがために、ただでさえ難しい家造りをより複雑なものにしているといってもよいでしょう。欠陥住宅というと、中小工務店などの個人経営の小さなところをイメージされる方も多いのですが、現実は決してそのようなことはありません。別項でも述べている通り、大手メーカーであっても最終的な家造りは個人単位の職人が行います。実際に、どこの大手メーカーも多かれ少なかれ施主との間のトラブルや訴訟問題を抱えています。また、設計事務所に依頼すれば大丈夫という人もいますが、必ずしもそうとは言えません。設計事務所の中にも訴訟問題を抱えているところはたくさんあります。

 では、いったいどうすれば良いのでしょうか。残念ながら、今の現実として人が介在する限り完璧といえる答えを得ることは非常に難しいといわざるを得ません。ただ、とは言うものの欠陥住宅の当事者にならないための防衛策回避策というものはいくつかあげることはできます。ここでは、その中のいくつかについて解説していきたいと思います。 


人が全て

 家造りでは、設計者、現場監督、職人など非常にたくさんの人がかかわります。これら全ての人が、それぞれに与えられた仕事をきちんとこなして初めて家は完成します。しかし、施主はもちろんのこと、現場監督も全ての工程、作業を見ることはできず、結果として性善説に則って家造りは進んでいくことになります。
 すなわち、家造りとは人がすべてなのです。例えば、見学する時も、モデルハウスであれば詳細に見たところで得られるものは限られています。それよりも、営業担当者の人間性などからメーカーの精神を読み取る事も考えることが必要です。また、現場であれば職人や現場監督の人間性が出る、ごみの始末や見えなくなるところの仕上げ、態度など性根を見る事を考えることが必要です。
 専門家に依頼するのなら別ですが、素人がいくら見たところで職人の力量を計ることはそう簡単にはできません。それよりも、人を見ることを優先した方が有効といえる部分も多くあります。この人なら事細かに現場を確認になど行く必要がない、と思えるような職人や監督が見つかればこちらのものです。
 
安いことには理由がある

 依頼先によって同じ床面積、同じ仕様の家でも、費用が全く異なり、時には倍以上の差があることも珍しくありません。床面積30坪前後であれば、1000万円以下、700万円台というケースもあります。一方、同じ広さの家を大手メーカーに依頼したり、設計事務所でこだわった住宅であれば2000万円を超えることも珍しくありません。全く同じ家が安く建てられるのであれば、安いに越したことはありません。しかし、現実はそれほど甘くなく、安い家と高い家とでは多くの面で異なります。
 ただし、決して安い家は良くなくて、高い家は安心でよいというわけではありません。ただ、差額があること、安いことには必ず理由があるはずです。メーカーが割高になるのは、よく知られているようにモデルハウスに代表される宣伝費や、開発費、人件費がその主な理由と言えます。このように高いことに理由があるように、安いことにも理由があるのです。
 問題は、その理由が正当なものかどうかということです。不要な物を削り、大量仕入れ、設計の均一化など施主が許容できることが理由であれば、何の問題もありません。しかし、見えないところでグレードダウンしていたり、20年ぐらいは大規模メンテナンスは不要と考えているところに、5年や10年で必要になるような家の建て方ではある意味、欠陥住宅と言えなくもありません。
 重要なことは、安いのであればなぜ安いのか、その理由が納得ができ、受け入れられるものなのかどうかということを十分に吟味することです。
 
安易に契約しない

 安易に契約しない。住宅関係のどの雑誌や書籍を見てもほぼ必ず書いてあることで、当たり前のことといえばそのとおりです。しかし、それでもいざ契約する立場になると、義理や人情に流されてしまったり、「今だけのサービスです」、「残り僅かの特別キャンペーンです」という言葉に押し切られたりと、分かっていたはずなのに失敗するケースが後を絶たないのも事実です。
 契約書に判を押すということは、そこに書かれていること、付随する書類に書かれている事を全て認めますということなのです。いくら約款が長すぎて読むのがめんどくさかったとか、設計図書を見ても良く分からなかったけど十分打ち合わせをしたから、と言っても何の意味もありません。契約とは、そこに書いてあることが全てであり、それまでの会話などは何の効力も無いというのが厳密な意味です。
 ここであえて改めて言います。契約とは、全てを確認し、全てに納得してから行わなければならないものです。
 
時間に余裕を持って動く

 個人経営の工務店でも、大手メーカーでも決算期はあります。建築途中の家は、施工側からすれば借金のようなものです。部材は仕入れているいるのでその支払いは迫られるのに対して、施主からの入金は完成していないので止まっているという状況です。大手メーカーであれば、決算発表のことも考えなければなりません。
 そんな状況になってくると、どうしても完成を急ぐことになります。しかし、そのしわ寄せは全て現場の職人にいくことになります。その結果、プラスアルファの仕事はもちろんのこと、必要な仕事もきちんとできない状況になっていってしまいます。
 現場を急がせるのは何も施工側の都合だけではありません。施主の側も、いつまでに入居したいという希望はあります。しかし、それも無理が過ぎれば現場にしわ寄せが行くことになってしまいます。また、工期は長くなればなるほどコストが増えますから、もともとギリギリの工期を設定することは日常的に行われます。しかし、天候などの都合で工程は遅れることがほとんどです。そんな時、どうやって帳尻を合わせるかを想像してみてください。
 いずれにしても、工期には余裕を持って、間違っても途中で納期を早めるようなことは避けなければなりません。完成が予定より早まったり、大きな遅れが突然取り戻されたりしたら、その理由を確かめるぐらいのことが必要です。
 
現場を見る

 現場を見る。これも家造りをする誰もが知る基本中の基本です。できれば性善説に則って人を疑うことはしたくありませんが、世の中には色々な人がいます。また、本人は自覚していない純粋なミスというものもあります。
 本来は、それらは現場監督が責任を持って監理するべきものなのですが、現実的には現場監督にそこまで期待することは難しいといえます。大抵の現場監督は数棟以上、場合によっては10以上の現場を掛け持ちしています。したがって、ほとんどの時間現場には監督がいない状態ということになります。だからこそ、職人の人間性が重要性になるのです。
 しかし、それでも誰かが現場を監督はできなくても、見ているだけであっても、そこにいることには大きな意味があると言えます。写真を撮るなどの記録を残すことには、記念という意味ももちろんありますが、もしもの時の証拠にもなります。自分で現場に通う時間が無い、素人が見ても良く分からないというのであれば、専門家に依頼してでも現場を見るということには可能な限り多く時間を費やすべきです。
 
裁判は本当の最終手段

 不幸にして欠陥住宅の当事者になってしまい、話し合いをしても進展が無い場合には裁判という手段を考えることになります。中には、いざとなれば欠陥という証拠があるんだから裁判に訴えれば良いと考えている方も少なからずおられます。しかし、現実はそれほど簡単なものではありません。
 裁判に訴えるとしても、建築の専門家を相手に建築の問題で争うことになりますから、ある意味相手の土俵で戦うことになります。また、大手の場合には訴訟専門チームもあり、建築問題に長けた弁護士も抱えています。そんなところと建築の素人が争わなければなりません。難しい戦いになることは容易に想像できます。
 また、施主の気持ちからすれば、裁判に訴えるほどの欠陥であれば建て直しを要求したいところですが、過去の例から言っても建て直しが認められることはほとんどありません。通常は、補修止まりで終わってしまうことがほとんどです。
 ですから、基本戦略はここまでに述べてきたようなことなどに十分に注意を払って、訴訟という最終手段を使わなくて良いようにするというのが最善の策なのです。裁判とは、想像以上に体力も気力も消耗します。長引けば訴訟費用も膨らんでいきます。もしも負ければその負担を強いられることにもなります。したがって、いざとなれば訴えるというような軽い気持ちを持つのではなく、背水の陣として裁判があると考えることが必要です。ただし、それでも必要となれば最終手段もやむをえないことです。
 

 ここにあげたのは、ほんの一例でしかありませんが、家造りをやり遂げるためには、相応の努力と投資も必要であるということを理解しておいてください。

どうぞ、お気軽にお問い合わせください。


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